【アニメ/感想】ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風 第22~39話(終)の感想

久々の更新。一気に見て一気に感想を書こうと思っていたら、とっくに最終回も終わっていて「あらー」という感じなんですが、まあ感想書いていきます。原作は既読済み。

第22、23話 「ガッツのG」「クラッシュとトーキング・ヘッド」

ナランチャとテッツァーノ、スクアーロの戦い。

水の中を瞬間移動できるクラッシュの能力はいかにも水の都ヴェネツィアの地形を活かすのにうってつけの設定だと思ってたんですが、改めてアニメで見てみるとコップの中とか調理場を移動していることが多くて、そんなにヴェネチアの地形を活かしてるわけでもなかったです。

雑魚敵と言ってもいい敵ですが、それに対してこのバトルの入り組み方はさすがジョジョ。しばらく離れていたのでこの徹底性を忘れてました。やっぱすごい。

あと、スクアーロの登場時の姿勢が無理ありすぎておもしろかったです。

第24、25話 「ノトーリアス・B・I・G」「スパイス・ガールズ」

トリッシュとノトーリアス・B・I・Gの戦い。

ノトーリアスの本体のカルネは不気味な敵ですね。 本体が死んでから敵スタンドの攻撃が始まるというのは、4部の背中を見せない乙雅三に似たタイプかも。

スパイス・ガールズの柔らかくする能力は好きですね。意外と5部の連載中に始まった「ワンピース」の影響があるんじゃないかと思ったり。 あんまり活躍の機会がないのは残念ですが。

気になるのはなんでこの敵スタンドにノトーリアス・B・I・Gの名をつけたのかということで、元ネタはアメリカのラッパーですが、97年の3月に暗殺された人なんですよね。で、このスタンドがジャンプ本誌に登場したのが98年のはずなので、なかなかに不謹慎なネーミングな気がしますが、まあ彼のアルバムには「Ready To Die」とか「Life After Death」なんていう死を思わせるタイトルの作品があったりして、そういった諸々のことが荒木飛呂彦にインスピレーションを与えたのかもしれませんねえ。

第26~28話 「ほんの少し昔の物語
〜ぼくの名はドッピオ〜」「キング・クリムゾンvs.メタリカ」「今にも落ちて来そうな空の下で」

ドッピオとリゾットの戦い、アバッキオの死。

まず26話が落ちついた雰囲気で、作画も割と安定してる印象で良かったですね。で、「26話が良かった分、27話はどうかな」と思っていたらもっと良くて驚きまました!

27話の作画は素晴らしかったですね。顔アップ時の描きこみも良いし、リゾットが「鉄は人間の中にも当然ある物質だ」と言ったあたりのアクションも良かったし、ラストのボスの「なるほど、ドッピオが見た画面と~」というセリフのところでの手の動かし方のかっこよさ!ジョジョアニメでは画面全体の色を置き換えるような手法がよく使われていますが、この回が一番その効果を発揮してダークな雰囲気を作り上げることに成功していたように思えました。エンディングのクレジットを見たら作画監督が1人だけで「このアニメでは珍しいなー」とか思ってたら、以前にも名前を上げたアニメーターの田中宏紀で「そりゃ作画良いわ」と納得。 ホワイトアルバムとの戦いのシーンを担当したとおぼしきアニメーターの方ですね。(それも確定している情報ではありませんが。)

28話はアバッキオの死が描かれる回ですが、雲の表現に力入れてましたね。多層的だし量がすげー多い。雲や光で神聖な雰囲気を作り出しているといったところでしょうか。ジョルノがアバッキオの手の中にある石をテントウムシに変えるところで映像と音楽が同期してましたが、ああいうのも日本のアニメではおそらくあまり使われていない手法で、さすがに色々と丁寧さを感じさせる演出でした。

第29~32話 「目的地はローマ!コロッセオ」「グリーン・ディとオアシス その1~3」

謎の男に会いにコロッセオへ。チョコラータとセッコとの戦い。

謎の男の声はかなり加工してるのかなと予想していたのですが、全然そんなことはなく、私からするとモロあいつじゃんって感じなんですが、初見の人は意外と気づかなかったりするんでしょうか?

このグリーン・デイとオアシスとの戦いは原作では5部の中でもトップクラスに好きな戦いで、結構期待してたんですけど正直全体的にあまりピンときませんでした。 原作を初めて読んだときはもうほんとに手に汗握る戦いでチョコラータを倒すシーンも漫画を読んできた経験の中でも最大のカタルシスがあったので、このアニメ化でもいわゆる神回になるかと思っていたのですが。

ドッピオ・リゾット戦の方が良かったですね。といって何かがそんなに悪かったということもないのですが。うーむ。

第33~35話 「そいつの名はディアボロ」「鎮魂歌は静かに奏でられる その1~2」

シルバーチャリオッツ・レクイエムの発動。ナランチャの死。

魂が入れ替わる設定というのは昔からよくありますが、それを応用して「あの体には誰の魂が入っているのか」とか「二つの人格がそれぞれ別の体に入っている」といった発展した展開を見せるのがいかにもジョジョだなって感じがします。

原作だとやや不気味さもあった亀ポルナレフがアニメ的なキャラデザになって、ちょっとかわいくなってますね。

35話は緊張感があって良かったです。原作にはないエアロスミスの影が飛んでいくシーンも中々綺麗でした。

第36話 「ディアボロ浮上」

チャリオッツ・レクイエムのさらなる能力。矢の奪い合い。

いまだにチャリオッツ・レクイエムの別の生き物に作り変えるという能力について、なぜこれが起きる必要があるのか、なんのためにこの設定があるのかを掴めていないのですが、とりあえずタイムリミットを作り出して緊張感を高める効果を狙っただけかもしれませんね。チャリオッツ・レクイエムは何もしなければ手出ししてこないので、「一刻も早く矢を手にしなければならない!」という緊張感に欠けますからねえ。

36話のラスト、ディアボロが手に取ろうとした矢が弾き飛ばされてからの作画が良かったです。原画に注目してみたら、お馴染みの田中宏紀氏がクレジットされていたので、まー多分そう・・なのか?影の描きこみの細かさとか、トリッシュ(ミスタ)の手が矢を追うところなんかも綺麗でした。

第37、38話 「王の中の王」「ゴールド・E・レクイエム」

ジョルノVSディアボロ。

ゴールド・E・レクイエムの能力はなんとも難解ですが、私の解釈としては、行動の結果に到達できず、ある種パラレルワールドのような世界をさまよい続けることになる能力という風に見ています。つまり結果(真実)が起きる世界線からブレ続けていくというような。

それにしても「なぜこんな能力が考え出されたのか、もっとわかりやすい能力ではダメだったのか?」ということを考えると、これは(キング・クリムゾンの能力はそのままに、キング・クリムゾンに勝てる能力)を考案した結果なんだろうなと。もし仮にキング・クリムゾンの能力を完全に無しにできるような能力であったならば、もっとわかりやすかったかもしれませんが、それだとやはり超越的すぎますし、ジョジョの基本でもある「○○な能力を持った奴と、また別の○○な能力を持った奴ではどっちが強いんだ!?」というような能力バトルの醍醐味が失われてしまいます。あくまでキング・クリムゾンの能力は崩さずに、それに勝てる能力でなければならないというのが、ジョジョのバトルのルールとしてあるのだろうなと。その結果としてゴールド・E・レクイエムの能力は「真実に到達できない」という難解なものになっていますが、一応はキング・クリムゾンの能力の隙を突いているようでもありますし、ギリギリのところで能力バトルという枠組みを超えでないものになっているように思えます。

まあ、思考実験的な能力バトルの行き着く先がこういう抽象的で観念的な領域だというのはおもしろいですね。そして極限的な領域まで行き着くからこそ、ジョジョではピークを迎えるごとに部を変えて新たに仕切り直していくことになるのでしょうが。

37話は実質的な最終回といった内容で、全面的に力を入れて作ってるのが伝わってきて良かったですね。ところどころ絵の濃さが素晴らしい。

第39話 「眠れる奴隷」

ローリングストーンズ。最終話。

最終話ラストでOPの映像に繋がるのは「おーなるほど」という感じで綺麗な終わり方でした。EDの球体もしっかりブチャラティの石像になってました。

エレベーターの中での作画が良くて、今回はさすがにクレジットを確認する前に「これは田中宏紀だろ!」とわかりました。といっても一切なんの確証もないので全然違うかも。画風が36話のラストと同じ人に見えたんですよね。とにかく筋肉の造形なんかが上手かったです。ミスタの「これが最後だぜ」から彫刻家の「臓器の細胞が~」まででしょうか。その後のエレベーターの天井に向かって銃を撃つ一瞬のシーンも良かったですね。

うーん、最後の最後まで作画の話をすることになるとは。

総評

そんなわけで長々と書いてきたアニメ版ジョジョ5部の感想ですが、総評するとジョジョはやっぱりおもしろいなと。ここまで徹底的にバトルを入り組ませて、形勢逆転劇を繰り返す作品はそうないと思います。

作画好きとしては、アニメでのベスト回はやっぱり27話の「キング・クリムゾンVSメタリカ」で、音楽ではエアロスミスのテーマみたいなやつが一番好きでした。

まあそんなところでしょうか。

終わり。

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