坂本龍一のドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto: CODA」(2017)を観た感想

先日、Eテレで放映された坂本龍一のドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto: CODA」(2017年)を観た感想。

Ryuichi Sakamoto: CODA

この映画は監督のスティーブン・ノムラ・シブルが坂本龍一を2012年から5年間にわたる密着取材を通して撮影した映像と過去のアーカイブ映像によって構成されているもので、坂本の音楽的変遷や音の探求が映し出されたものだ。

映画のかなりの部分は撮影時期に制作されていたアルバム「async」の制作過程を解き明かすもののようでもあり、この映画を観ると「async」はこの映画に映し出されている世界から抽出された精油のような作品に思える。

では映し出されている世界とは何かといえば、それは坂本龍一の過去の経験、旅、思索であり、すなわち東北大震災、自身の癌、タルコフスキー、バッハ、非楽器の音、YMO、映画音楽、政治的・社会的問題への関心、9.11、人間の原点であるアフリカや温暖化の最前線である北極への旅などで、それらが一続きのものとして今の坂本龍一の音楽を作り上げているということが示されている。

焦点はあくまで坂本の活動に絞り込まれており、知人や専門家などへのインタビューもなく、癌や東北大震災についても深入りすることはない。

予告編の映像ではドラマティックな映画のようにも見えるが、実際はかなり淡々とした、それこそ坂本の音楽のように静謐な映画だった。

象徴的な津波ピアノ

映画冒頭から登場する、東北大震災の津波にさらされ調律が狂った津波ピアノの存在は象徴的だった。

社会的問題への関心、ベーシックなものとしてのバッハへの傾倒、それとは相反するような「自然からみれば不自然なもの」と語るピアノへの嫌悪感、非楽器が出す音への関心を持つ坂本が津波ピアノに惹きつけられるのは当然のことに思えるし、それ以上に癌を経た自分の体に津波ピアノに近似するものを感じていたのかもしれない。

坂本は津波ピアノに対して初めはピアノの死体のように感じられたと語っているが、後には「自然が調律した津波ピアノの音がとっても良く聴こえる」と制作中の楽曲にその音色を付け加えている。

(津波ピアノの音が使われた「ZURE」。)

タルコフスキー

静謐な映画と書いたが、この映画の作風について考えると本編で語られているタルコフスキーについての話が思い浮かぶ。

坂本はタルコフスキーの映画について、物の音とサウンドトラックによって複雑な音響世界があると指摘し、タルコフスキーの映画のサウンドトラックのようなアルバムが作れたら嬉しいと語る。

この映画自体もおそらくは坂本からのフィードバックもあってタルコフスキー的な映画を志向したのだろう。音や映像の流れを感じさせる作りの映画だった。

印象的だったシーン

自分にとって最も印象的だった場面は、坂本が映画「シェルタリング・スカイ」の作者ポール・ボウルズの言葉にクリスタル・ボウルとドローンのような音を重ねわせた曲を聴いているシーンだ。

そこにある坂本の満足気な表情に「なぜ音楽を作るのか」ということへの答えがあるように思えた。